火星の荒野を現在走行中の6輪ロボットが、思いがけない幸運に恵まれた。火星探査車キュリオシティは、干上がった山間の川のように見える険しい地形「ゲディス谷(Gediz Vallis)」を移動中、偶然にも一つの岩を乗り越えた。1トンの重量を誇るこの機械が岩を押しつぶし、その中身が露わになったとき、現在のいかなる地質学的モデルでも説明がつかないものが姿を現した。くすんだ赤茶色の外殻の内側には、鮮やかで半透明な黄色い結晶の塊、つまり純粋な硫黄の結晶が収まっていたのだ。
NASAの科学者たちは、この発見を予想していなかった。チームは長年、硫黄と他の元素が混ざり合った「硫酸塩」の探索に時間を費やしてきたが、純粋な硫黄を見つけることは全く別の次元の話である。これは、砂ばかりだと思っていた砂漠を歩いていたら、突然純金の塊に出くわすようなものだ。純粋な硫黄が形成されるには非常に限定された条件が必要であり、ゲイル・クレーターのこの場所にそうした条件が存在したとは考えられていなかった。この発見は、火星がいかにして乾燥し死滅したのかという整然とした物語を、事実上覆すものとなった。
予期せぬ発見の化学
硫黄は地球上において「生命の匂い」、あるいは少なくとも「腐敗の匂い」と形容されることが多い。あらゆる生物にとって不可欠な元素であり、タンパク質を構成するアミノ酸にも含まれている。火星においても、硫黄は常に居住可能性を示す指標となってきた。しかし、硫酸塩鉱物から純粋な硫黄へという飛躍はあまりに大きい。通常、純粋な硫黄を作るには、非常に特殊な火山プロセス、あるいはさらに興味をそそる可能性として、生物学的なプロセスが必要となる。地球上では、ある種の細菌が硫黄を「呼吸」し、エネルギーを得るためにそれを別の形態へと変換している。水によって形成された場所でこのような硫黄の地帯が見つかると、一体誰が、あるいは何がこれをもたらしたのかという疑問が浮かび上がる。
探査車が見つけたのは、たった一つの岩ではなかった。最初の偶然の破砕の後、チームが周囲を見渡すと、このエリア一帯が「黄色い腹」を持つ岩で溢れていることに気づいた。これは偶然ではなく、堆積物だったのだ。この事実は、カリフォルニアにいる地質学者たちを大いに悩ませている。付近に明白な火山の供給源はない。明白な熱水噴出孔もない。まるで巨人がマッチの頭の袋を川底にぶちまけ、30億年もの間そのまま放置していったかのようだ。
純粋な硫黄が地図を塗り替える理由
私たちが火星で生命を探すとき、それは光線銃を持った小さな緑色の宇宙人を探しているわけではない。私たちが探しているのは、何者かが手を加えたかのような化学的痕跡だ。自然は本来、雑然としていて、様々なものが混ざり合っていることを好む。純粋な元素が珍しいのは、それらが反応しやすく、他の何かと結合したがるからだ。純粋な硫黄の地帯が何億年も存続するためには、環境が極めて安定しているか、あるいはそれを生成したプロセスが極めて強力でなければならない。これは、かつてゲディス谷を流れていた水が、単なる小川ではなく、複雑な化学スープのようなものだった可能性を示唆している。
この発見のタイミングも、どこか皮肉めいている。キュリオシティがこの化学的な大金脈に当たったまさにその時、弟分のパーサヴィアランス探査車は、火星の別の場所で「ヒョウ柄」を発見していた。これは岩石に見られる黒い縁取りのついた小さな白い円形で、地球上では岩石内部に生息する微生物のコロニーによって形成されることが多い。2台の探査車は今、「ここに生命がいた」と叫んでいるような証拠を見つめているが、どちらも同じ問題に直面している。決定的と言える「イエス」を裏付ける実験室から、数百万キロも離れた場所にいるということだ。
ロボットの目の限界
NASAジェット推進研究所(JPL)のチームのフラストレーションは計り知れない。彼らにはデータがあり、画像があり、化学的な兆候もある。しかし、文脈がないのだ。探査車は岩にレーザーを照射することはできても、完全な法医学的な解剖を行うことはできない。今回の硫黄の発見は、「知れば知るほど、自分がいかに何も知らないかを思い知らされる」という典型的な例だ。火星のタイムライン――水があり、氷があり、塵になる――を理解したと思うたびに、火星はこうした黄色い結晶のフィールドのような変化球を投げてくる。
すれ違いの惑星
火星での発見の仕方には、ある種の皮肉がある。私たちは高解像度カメラや高度なセンサーに何十億ドルもの費用を投じているが、ここ数年で最大のブレイクスルーは、車輪がたまたま良い角度で岩にぶつかったことで起こった。これは、宇宙探査がいまだに雑然とした物理的な事業であることを思い出させる。パサデナの実験室でどれだけシミュレーションを重ねても、宇宙は常に、あるはずのない場所にある黄色い岩という驚きを用意してくれるものだ。
生命探査はしばしば、議論を永遠に決着させる「決定的な証拠(スモーキングガン)」を探すこととして語られる。しかし、科学はそう単純にはいかない。むしろ、それは「奇妙なこと」がゆっくりと積み重なっていく過程だ。空気中に少しばかりのメタンがあること。どこかに奇妙な有機分子があること。ヒョウ柄の岩があること。そして今、純粋な硫黄の地帯がある。これら一つひとつがパズルのピースだ。まだ全体像は見えていないが、浮かび上がってきたイメージは、不毛な岩石というよりは、容疑者が部屋を立ち去ったばかりの犯罪現場に近い。
火星の岩石を地球に持ち帰るという野心的で論議を呼んでいる計画を含め、将来のミッションを見据える中で、ゲディス谷での硫黄の発見は重要なデータポイントとなるだろう。それは、火星が決して単純な世界ではなかったことを教えてくれる。そこは、化学的な極限状態があり、突発的な洪水があり、長期間にわたるハビタット(生息環境)が存在した場所だったのだ。そのハビタットを享受していた生命が実際にいたのかどうかは、科学界における最大の謎のままだ。今のところ、私たちにはこの黄色い結晶がある。これらは、私たちが今日目にする火星よりもはるかに生命に満ちていた、過去の火星の姿を雄弁に、しかし静かに物語る証拠なのである。
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